●89' ルーフ CTR“イエローバード” 

最終更新日2005/09/26
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伝説の名車ルーフCTR“イエローバード”とは一体どんな車なのか?
当時ポルシェ・ファンたちは959を撃墜したあのフェラーリF40を駆逐する世界最強のポルシェ誕生を熱望していました。
288GTOや959も顔を揃えた'87年のアメリカ、ロード&トラック誌の最高速テスト。大方の予想に反して339.9km/hという最高記録をたたき出したのは、イエローに塗られたポルシェでした。
そしてその後,ドイツ「アウトモーター&シュポルト」誌のテストで342km/hをマークしたことはあまりにも有名です。これを機にルーフの名は世界中に知れ渡りました。しかしそれはただのポルシェではありません。ルーフという、アルピナと同様に「独立した自動車メーカー」として認知されたスペシャリストが手掛けたクルマ。実際に自動車検査証の車名には「ルーフ」と記載されるのです。
その量産型である930ベースのCTRは、プロトタイプを含め最終的に30台が製作されました。Yellow Birdという愛称で、現在も親しまれています。
ルーフとはドイツ連邦運輸局にも認められた正式な自動車メーカーでルーフ・オートモビル社のルーツは、アロイス・ルーフ・シニアがオートルーフの名で1939年に設立した自動車の修理工場に始まります。74年のアロイス・ ルーフ・シニア没後、現代表アロイス・ルーフの指揮により、911のチューニングが始まりました。そして77年には911ターボをより高性能化することに成功。 BTRというコンプリートカーの最初のプロトタイプはNATO軍の車両と同じつや消しのオリーブドラブに塗装が施され、NATOというニックネームで様々なテストやモディファイを重ねることでルーフのノウハウ蓄積に貢献しました。
その後81年からは独自の自動車メーカーとして高性能スポーツ、ルーフカーの生産を開始しています。ルーフカーの生産にはポルシェ社からモノコックボディをはじめ、様々なパーツの供給を受けていますが、独自のテクノロジーにより作り上げられるルーフカーの性能、フィーリングはルーフ独自のものです。また、ルーフは単なる数字上のパフォーマンスを誇ることを嫌います。ルーフカー、パフォーマンスキットともに、表示されるスペックはあらゆる条件下を想定した上で、最低限保証される数値であり、実際の走行時にはそれを上回るパフォーマンスを発揮します。 ルーフが、数字以上に速い秘密の1つがここにあります。
市販車史上最速の称号を得るために、ルーフがCTRを製作するにあたり選んだボディはナローと呼ばれるカレラボディでした。理由はターボのワイドフェンダーが空気抵抗が大きいと見たからです。その代わりにナローボディに必要最低限のワイドフェンダー化を施してインタークーラーを収めるスペースと超高速域で必要なリヤトレッドを確保しています。徹底したフラッシュサーフェス化(雨とい除去・各ランプ類のシール強化)やCTRレンズと呼ばれる球体ヘッドライトレンズ装着・エアロミラー・トレイウィングではなくカ レラウィングの装着・ボディ底面のフラット化など、911のオリジナルボディを崩さずに世界最速にこだわった“ルーフらしい”所が垣間見えます。この当時、この車をベースに342kmと言うとてつもない速度を記録するには大変な努力が必要だったのです。
520馬力は下らないRR駆動のインタークーラーツインターボと1260kgに抑えられた重量から繰り出される加速はワープするかのような錯覚さえ起こします。7500rpmまでの鋭い吹け上がりはバイクのエンジン並でターボエンジンとは到底思えません。
その後、ラインホルト・シュミルラーがチューンする RSポルシェ911ツインターボ・バイセンクーザ(白い巨人)やブガッティ・ベイロン(400キロオーバー!)など、トップエンドでの速度ではイエローバードを上回るモンスターは続々登場しましたが、トータルで車を作り込む彼らの仕事は、RRを乗りこなす人間にはこの上ない最高のハンドリングや日常ユースでの耐久性、そして本物を手にする最高のステイタス、このすべてを乗る人に提供する素晴らしいアナザー・ポルシェだったのです。
89年当時、この車に付けられたプライスは日本円にして5,600万円。
本当にお金を出す価値があるものは非常に少ないです。世界に28台、良い状態で現存するのは恐らくその半分以下だと言われています。スーパーカーの歴史に深く名を刻んだこの車は“伝説のポルシェ”として今後より一層価値を高めることは間違いありません。